小説「サークル○サークル」01-418. 「加速」

沈黙は落ちたまま、ヒサシもレナも視線をテーブルの上に彷徨わせていた。隣にいるユウキの顔までは見えない。
アスカはさっさとマキコとその不倫相手が出来るだけ自分たちのいる席から遠くの席に座り、こちらに気が付かないでいてくれることを願った。
アスカの視線が動いて、レナやヒサシが気が付かないように、じっと前を見据える。
しかし、アスカの願いも空しく、ヒサシは視線を動かし、そして、呆気にとられたような表情を浮かべた。
ああ、見つけてしまったか……、アスカは思い、溜め息をつく。
ヒサシの顔が見る見るうちに青ざめていった。
自分が浮気をしているというのに、妻の浮気を見たら青ざめるなんて、随分と身勝手だな、とアスカは思う。けれど、同時に気の毒でもあった。
アスカはヒサシの異変に気が付かない振りをして、もう冷めてしまった紅茶に口をつけた。
ヒサシの様子に気が付いて、レナとユウキもヒサシの視線の先に目を遣った。そこにはマキコとその不倫相手が仲睦まじく、手を繋ぎ、楽しそうに会話している姿があった。レナとユウキはなぜヒサシがじっと見据えているのか、最初はわからなかったが、すぐに理解した。あれはヒサシの奥さんだ――。

小説「サークル○サークル」01-417. 「加速」

「全てを手に入れるのは無理じゃない?」
アスカは半ば投げやりに言った。
「欲しいモノが全部手に入るなんて、その年なら無理なことくらいわかるでしょう?」
アスカの言葉にヒサシも溜め息をついた。
「手に入れられてきたんだ。別れさせ屋に依頼さえされなければ、手に入れたまま、過ごせたかもしれない」
「時間の問題よ。遅かれ早かれ、あなたは失っていたわ」
「そうかな? 失わずにいられたかもしれない」
「可能性の話をするにしては、現実離れしすぎてると思うけど」
アスカの言葉で再び沈黙が落ちた。
いつまでこんな生産性のない話をし続けなければならないのだろう。もうこの店に来て、随分と時間が経っている。
ふっとアスカは視線を店内に入って来たカップルに移した。その途端、一気に血の気が引いた。
アスカの視線の先には楽しそうに笑うマキコとその不倫相手であろう男性が手を繋いでいたのだ。
まずい、と思い、視線をテーブルへと戻す。ヒサシが気が付きさえしなければ、なんの問題もない。心臓の音が次第に速くなるのをぐっと堪えながら、アスカは奥歯を噛んだ。


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