小説「サークル○サークル」01-8. 「依頼」

アスカは事務所の階段横に停めてある自転車にまたがると、颯爽と走り出す。夕陽に染まっている商店街に目を細め、右へ左へとハンドルを切る。しばらくすると、どこにでもあるような茶色い外壁のマンションが目の前に現れた。彼女は駐輪場に自転車を置くと、エレベーターに乗り込み、3のボタンを押す。1年前に新築で購入したこのマンションも、今では当時の輝かしさはなかった。アスカは購入する時に3階にこだわった。それは何か事故が起きて飛び降りなければならないことがあっても、3階ならば飛び降りても死なないだろう、と思ったからだ。実際、1年経ってもそんなハプニングに見舞われることはなかったし、きっと今後もそんなハプニングに見舞われることはないだろう。時折、突拍子もないことを考えるのが彼女の長所でもあり、短所でもある。
 3階でエレベーターが止まると、アスカはキーを解除し、玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
 アスカは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、リビングへと向かった。
「おかえり。今日は早かったね」
 アスカを出迎えたのは、夫のシンゴだった。ぼーっとした雰囲気のいまいち冴えない男である。

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