小説「サークル○サークル」01-32. 「作戦」

「お待たせ」
 シンゴは全ての料理をテーブルに並べると、アスカに笑顔を向けた。アスカの気持ちが遠く離れているのに、シンゴはそうではないようだった。
「いただきます」
 シンゴが席に着くのを待って、アスカは小さな声で言った。頭はまだ若干ぼーっとしていたが、味噌汁にそっと口をつける。温かな液体が身体の奥深くに沁み渡った。こういう時、日本人で良かった、とアスカは大袈裟に思う。
「昨日、随分、遅かったみたいだね」
 シンゴは遠慮がちに言った。
「今、仕事が忙しいの。潜入でバーで働くことにしたから」
「バーで!?」
「どうしたの? 何か問題でもある?」
「えっ、いや……。アスカがバーで働くなんて、予想外だったから……」
「そう? 結構、いい感じよ」
「そうなんだ……。別れさせ屋は大変だね……」
 シンゴはそれきり口をつぐんで、焼き魚に箸を伸ばした。シンゴにとって、バーで自分の妻が働くということは、出来れば避けたいことだと思っていた。何度かシンゴもバーに行ったことはあったが、見ず知らずの人とも気軽に話せるし、店員とも会話を楽しむことが出来る。それが魅力でもあり、シンゴ自身楽しくもあったが、自分の妻がそういった場所で働くというのは、また別の話だった。ささやかなヤキモチだ。
 シンゴは焼き魚を食べながら、アスカの顔をそっと盗み見た。近くにいるのに、少しだけアスカを遠くに感じていた。

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