小説「サークル○サークル」01-124. 「加速」

「何をそんなに怖がっているの?」
「怖がってなんかいません」
「それは嘘だ。君は私に惹かれながら、けれど、それを否定しようとしている。それはなぜか……。私の素性がよくわからないからかな?」
「……」
 アスカは敢えて答えない。素性は全て知っていた。誰と結婚し、どんな会社に勤めているのか。ここのバーで働くようになってから、ヒサシがどれほど沢山の女を抱いているのか。わかっていても、ヒサシに惹かれているのだと思って、アスカは泣きたくなった。馬鹿にも程がある。
「何も不安に思うことはないよ。だって、私と君は同じだろう?」
 何を言っているのかわからず、アスカは眉間に皺を寄せた。
「何を言っているのか、わからないって顔だね」
「えぇ……」
「お互い既婚者ってことさ」
「!」
 アスカは今度ばかりは心底驚き、一瞬頭の中が真っ白になった。どうして、ヒサシは気が付いたのだろうか。アスカは仕事柄、結婚指輪もしていなかったし、一度だって結婚しているなんて話はしなかった。
「どうして、わかったのか……。不思議かな?」
 ヒサシの微笑みがアスカを追い詰めていく。

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