小説「サークル○サークル」01-96. 「加速」

 その夜、バーの仕事がなかったので、アスカは真っ直ぐに帰宅した。
 食卓を挟んで向かい合うシンゴはなんだか嬉しそうだ。
「何かいいことでもあったの?」
 アスカはパイコー飯に箸を伸ばしながら、シンゴに訊いた。
「だって、今日はアスカの帰宅が早いから」
「それだけ?」
「そうだよ。奥さんが早く帰って来てくれて、一緒に夕飯が食べられるなんて、幸せなことだろ?」
 当たり前のように言うシンゴの言葉にアスカは驚いていた。そんなことを彼女は考えたこともなかったのだ。
「それより、アスカ、今日何かあっただろ?」
 シンゴに言われ、アスカはドキリとする。その一言で自分の今日の出来事を全て見透かされているような気がした。
「えぇ、ちょっと驚くようなことが」
 アスカはパイコー飯を口に運ぶ。癖のある牛肉の味が口の中いっぱいに広がった。美味しいな、と思いながら、アスカは咀嚼する。
「依頼者が事務所に来た、とか?」
「……正解」
「やっぱり」
 アスカはシンゴの洞察力に心底驚いていた。作家はこんなにも人のことがわかるのだろうか。アスカ自身も仕事柄、観察力がある方だと思っていたが、ここまで簡単に言い当てられる自信はなかった。

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