小説「サークル○サークル」01-83. 「動揺」

 ヒサシの言葉に浮かれている自分がいる。けれど、これは仕事なのだと冷静なもう一人の自分が諭す。揺れ動く気持ちの中でアスカはヒサシに笑顔を向けた。どうとでも取れる笑顔だ。嬉しいとも、ふざけたことを言わないでとも。アスカはヒサシの前から去ろうと、踵を返した。ふいに強い力で腕を引っ張られて、彼女は振り向く。ヒサシの大きな手がアスカの左腕を掴んでいた。
「何か?」
 アスカは冷静を装いながら言う。それ以上の言葉はとてもじゃないが、思いつけなかった。
「離したくないと言ったら怒る?」
「それは……」
 ヒサシの目はいつになく真剣で、アスカは答えに詰まった。目を伏せ、適当な言葉を探すけれど、気の利いたセリフを思いつけない。アスカが迷っている間にも、ヒサシの手に込める力が強くなる。「離して下さい」と言おうとして、顔を上げた瞬間、アスカは自分の身に起きたことを一瞬理解出来なかった。
 ヒサシの唇が喋ろうとしたアスカの唇を塞いでいたのだ。あまりの出来事にアスカはされるがまま、その場に立ちつくしていた。反論しようにも唇を塞がれていては、声を発することさえ出来ない。やっとの思いで、アスカはヒサシの肩に手を当て押しのけようとした。

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