「サシアイ」11話

深夜2時、携帯電話が鳴った。
貴重な睡眠を妨げられ、俺は極めて不遜に応対した。
「……もしもし?」
槇村だった。いつもの穏やかな中にも冷徹さを感じさせる声音ではない。どこか怯えたような、不安で押し潰される寸前といった様子が伝わってくる。
「例の試飲会、今からやらない?」
「今から? 夜中の2時だぞ?」
「いや、悪い……。
 でも、たった今、珍しい酒が手に入ってさ……」
嫌な予感はした。それでも評論家の件を知って以来、多少の隔たりを感じていた俺は、槇村の申し出が嬉しかったのだ。
行くと返答してからの身支度、外出は、思い掛けずに早かった。

「悪いな、遅くに……」
そう言って玄関のドアを開けた槇村の顔に、俺は思わず息を飲んだ。
「酷い顔だな、大丈夫か?」
暗い顔色と目の淀み、お洒落な槇村には珍しいボサボサの髪━やつれたと表現しても差し支えのないレベルだ。普段は様相のいい男だけに余計に目立った。
苦笑した槇村は、俺の顔を指差した。
「人の事は言えないな。
 フラフラした足取りで今にも倒れそうに見えるよ」
それは意外な答えだった。
まったく気付いていなかったが、俺もこんな感じにやつれているのだろうか?
睡眠不足? アルコールの過剰摂取? 単位不足への不安? 槇村への嫉妬と焦燥? 様々な要素を羅列してみたが、目の前の槇村のやつれを形成するほどとは思えなかった。

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