小説「サークル○サークル」 01-46. 「作戦」

 アスカが黙っていると、マキコは静かに言った。
「勿論、今までかかった費用は全てお支払させていただきます」
 当たり前だ、と頭の中では思ったが、アスカはそれ以上に妙な引っ掛かりを覚えていた。パートをして貯めたお金を全額はたいてでも、旦那と不倫相手を別れさせようとしていたマキコが、突然自分の元に旦那が戻ってこない気がする、というぼんやりとした理由だけで依頼を断ってくるなんて到底思えなかった。理由があるとすれば、もっと別の理由だ。アスカは思考を巡らすが、一向にその理由を思いつけないまま、時間だけが過ぎて行った。
「ご主人が不倫をやめたら、あなたのところに戻ってくる、と思えない事情でも?」
 アスカは仕方なく、疑問をそのまま口にした。マキコは眉間に皺を寄せたが、小さな声で「いいえ」と答え、その後に「女の勘、みたいなものです」と付け加えた。
 アスカは腑に落ちなかったが、依頼主からそう言われれば、無理に引き留めるわけにもいかない。かかった金額を算出して、また連絡すると伝え、今日のところは帰ってもらうことにした。
「お邪魔しました」
 マキコは深々と頭を下げると、エミリーポエムを後にした。階段を降りる度、くるくると巻かれたマキコの髪が揺れるのを見ながら、アスカは苦虫を噛み潰したような顔をした。

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