小説「サークル○サークル」01-26. 「作戦」

不倫の初期は警戒を怠らない。けれど、不倫が日常化してくるに従って、その行動は次第に大胆になっていく。ヒサシは数えきれないくらいの不倫をしているだろうから、大胆な行動に出ても何もおかしくない。それに引き換え、女の方はそんなに数をこなしていないのだろう。どこか不安げな表情を浮かべ、時折、辺りを気にしていた。
「ねぇ、奥さんいるんでしょう?」
アスカは甘ったるく話す女の声を聞き逃さなかった。仕事をしている振りをして、ヒサシたちの近くに留まった。真ん前に行かないのは、会話を中断されると困るからだ。聞こえそうで聞こえない距離、というのが、一番望ましい。
ヒサシは寂しげな表情を浮かべ、女の瞳を見据える。店内の薄暗さと酒の勢いも手伝って、女は更に潤んだ瞳でヒサシを見上げた。
「あぁ。いるけど、上手くいってないんだ」
不倫をする男の常套句だ。アスカは思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
「ホントに?」
「あぁ、本当だよ。同じ家に住んでるってだけで、別に触れたいなんて思わない」
嘘つけ、とアスカは思う。マキコのお腹には子どもがいる。触れたくもないのに、セックスをするなんておかしな話ではないか。ただ単にセックスをしたいだけでマキコを抱いたのだとしたら、救いようがない。残念ながら、どういうつもりだったのかを確認するには、本人に本心を訊く以外の方法がない。アスカは気を取り直して、2人の会話に耳をそばだてた。

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