小説「サークル○サークル」01-343. 「加速」

「それじゃあ、私はこれで」
そう言って、アスカは財布から千円を抜くと、テーブルの上に置く。
「もう一杯付き合ってはくれないんだね」
「付き合う理由はないわ。それから……」
「何?」
「依頼者があなたの女だと、考えたことはなくって?」
アスカの去り際の一言に、ヒサシの表情が一瞬だけ曇った。
アスカはヒサシに背を向けると、バーを後にした。
背後に懐かしいドアベルと、それに少し遅れてドアが閉まるがちゃりという音が聞こえると、アスカは溜め息をついた。
バーの前で立ち止まり、足元を見つめる。すぐにこの場を立ち去りたいはずなのに、しばらくは動けそうもなかった。
覚悟はしていた。
覚悟はしていたはずなのに、自分の置かれている状況を目の当たりにして、アスカは戸惑っていた。
ここからどうやって、持ち直せば良いのかがわからないのだ。
何より、ヒサシのあの言葉がアスカの中で引っかかっていた。
“いないよ。ここ、一年くらい関係も持ってないから、出来ることもない”――と。

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