小説「サークル○サークル」01-303. 「加速」

「君がここに来たということは、何か俺に用があるんじゃないの?」
ヒサシは平然と言った。無駄な話はしたくないようだ。
「察しがいいわね」
「それなりにね」
「コートをそろそろ返してもらおうと思って」
ヒサシははっとする。
「私がお酒をこぼして、汚してしまったコートは、クリーニングして、もう渡してあるでしょう? だけど、あの時、私があなたの女性に貸したコートはまだ返してもらえていないの。別のコートはあるけど、あれお気に入りだったのよね」
「ああ、それはすまなかった。早急に返してもらうようにするよ」
「そうしてもらえると嬉しいわ」
「用件はそれだけ?」
「ええ。他に何かあるかしら?」
「やっと俺の誘いに乗ってくれる気になったのかと」
ヒサシの言葉をアスカは思わず鼻で笑う。
「そうね。少し前の私なら、あなたの誘いに乗ったかも」
「本当かなぁ。君は一度だって、俺の誘いには乗ってくれなかった」
「そうね。その必要がないと思ったからじゃないかしら」
アスカは残りのモスコミュールを一気に飲み干すと、席を立った。

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