小説「サークル○サークル」01-20. 「作戦」

「でも、どうして、またうちの店に? 全く違う職種でしょう?」
 マスターは履歴書から顔を上げて、アスカに問う。アスカはマスターの視線を受けて、にっこりと微笑んだ。
「実は数回ここに飲み来たことがあるんですけど、その時、とてもこのお店を気に入って……。こういうお店で働きたいなって思ったんです」
 アスカは普段とは違いおしとやかに振る舞った。今のアスカからは、机の上に足を上げて、煙草をふかしている姿など到底想像することなど出来ない。
「あぁ……。思い出しました。よくカウンターの左端で飲んでいた……」
「覚えててくれてたんですか?」
 アスカは大袈裟に喜んで見せる。マスターは鼻の下を少しだけ伸ばした。
「こういう仕事をしていると、ある程度は人の顔を覚えてるものですよ」
 マスターは誇らしげに言う。アスカは内心「私のことすぐにわかんなかったくせに、嘘つけ」と思ったが、微笑みを崩さないようにマスターを見つめていた。
 アスカの造形は美しくない。けれど、どうすれば、愛想良く、愛嬌のあるように見えるか、ということは熟知していた。勿論、自分がそういったしぐさをしたところで、大した威力がないこともわかっている。けれど、しないよりはした方がマシだということも彼女は知っていた。
「いつから入れるの?」
 マスターは履歴書に視線を落としたまま言った。アスカは待ってましたとばかりに口元を上げる。
「今日から入れます」
 こうして、アスカは今日の夜から、crashのフロアレディとして働くことになった。

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