小説「サークル○サークル」01-18. 「作戦」

 アスカの腕時計は午後5時半を指していた。腕時計から顔を上げると、黙々と目的地まで歩いて行く。風は家を出た時よりも冷たくなっていた。
駅から続く商店街で擦れ違うのは、スーパーの袋を下げた主婦や学校帰りの中高生ばかりだ。アスカも見方によってはスーパーに向かう主婦に見えただろうが、背中の開いたニットが少し場違いな印象を与えていた。
駅から徒歩8分のところに「crash」はあった。パッと見、ラブホテルかと見間違いそうになる外観にアスカは思わず吹き出しそうになる。何度見ても見慣れない外観は、白と黒のコントラストが明らかに商店街の中で浮いていた。
 ドアをゆっくりと開けると、カランカランとドアベルが控えめに鳴る。アスカはゆったりとした足取りで店内に足を踏み入れた。薄暗い店内には静かなBGMがかかっており、客は時間が時間だけに、誰1人としていない。
「いらっしゃい」
 そう言って、出迎えてくれたのは、「crash」のマスターだった。年の頃なら、40代後半といったところで、昔はそれなりに遊んでいたんだろうと思わせる雰囲気を漂わせている。アスカは調査の為に数回通っていたので、マスターの顔はよく覚えていた。けれど、マスターが自分を覚えているかどうか、アスカにはわからなかった。顔を覚えてもらっていなければ、事前に連絡も入れず、履歴書を持って来たのは、印象が悪いだけだろう。しかし、電話で約束を取り付けなければ、取り敢えず面接だけはしてもらえる可能性がある。アスカにとって、突然履歴書を持って来たのは、一種の賭けだった。

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