小説「サークル○サークル」01-132. 「加速」

 アスカは上機嫌だった。それもそうだろう、とシンゴは思う。主夫に徹していた夫がやっと重い腰を上げ、仕事を始めたのだ。少なくとも、出会った頃のように作家として小説を書くことをアスカはずっと望んでいたのだ。それを知りながら、アスカが何も言わないことをいいことに、シンゴはアスカに甘え続けていた。
「本当に良かったわ。小説の依頼が来て。あなたは小説を書いているのが一番似合ってる」
 アスカは気持ち良さそうに酔いながら、嬉しそうに言う。シンゴが嬉しくなるような言葉を口にするけれど、シンゴは本嫌いのアスカから作品の感想をもらったことなど一度もなかった。
「ありがとう。僕も小説を書ける環境をもらえて、本当に安心しているよ」
 祝われているのだから、と思い、シンゴは当たり障りのない返答をする。さっきから、ずっとビールを飲んでいるのに、なかなか酔えない。どうしても、アスカがヒサシに言い寄られているシーンが過ぎってしまい、アルコールに浸れないのだ。
「苦労をかけてしまってごめん」
 シンゴはビールの入ったコップを置いて言う。その神妙な面持ちにアスカは面食らっているようだった。

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