小説「サークル○サークル」01-123. 「加速」

「お待たせ致しました」
 アスカが平静を装って、ヒサシの前にバーボンを置こうとした瞬間、ヒサシがアスカの手を握った。
「えっ……」
 驚いて、アスカはヒサシの顔を見る。ヒサシは笑顔を絶やさず、そのままじっとアスカを見つめた。
「そろそろ、私の相手をしてくれてもいいんじゃないかな?」
 ヒサシは余裕の笑みを浮かべ、アスカを見ていた。その笑顔を見て、彼女はヒサシに全て見透かされていることに気が付いた。
「なんのことでしょうか?」
 しかし、アスカも怯まず、笑顔で返す。この程度のことで怯んでいては、別れさせ屋の所長など務まらない。自分に言い聞かせるように、アスカは心の中で何度も大丈夫と唱えて、しっかりとヒサシの目を見据えた。
「駆け引きはやめにしない? 私は君に惹かれている。そして、君も私に惹かれている。違うかな?」
「……」
 アスカは何も言い返すことが出来なかった。気の利いた台詞も突き放す言葉も何も思い浮かばなかったのだ。ただ黙って、ヒサシの目を見た。今ここでそらしてしまっては、相手の思うツボだ。毅然とした態度を取らなければ、完全に相手のペースに持って行かれる。それだけは避けたかった。

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