小説「サークル○サークル」01-68. 「動揺」

「伝票でございます」
 アスカは伝票をヒサシに手渡す。ヒサシが受け取る瞬間、ちらりと隣の女を見遣った。栗色の巻き髪がいかにもといった今風の若い女だ。その女のネイルには、凝ったデザインのアートが施され、手にはしっかりとブランドもののバッグがあった。女はカウンターの上にある空になったグラスをぼんやりと眺め、財布を取り出す気配すらない。アスカにはそんな女の態度が理解出来なかったし、気に入らなくもあった。一瞬過ぎった「私の方がいい女なのに」という気持ちは単なる僻みでしかない。第一、成熟しかけている大人という意味では、アスカの方がいくらか年が上なのだから当たり前であったし、何よりこの女はアスカより幾分もキレイだった。アスカにはない美貌を持ち合わせているという点では、明らかに女の方が優れている。
 ヒサシは数枚の一万円札を伝票に挟むとアスカに渡した。アスカはそれを丁寧なしぐさで受け取ると、「かしこまりました」と言ってレジへと向かう。釣り金とレシートをカルトンの上に乗せ、ヒサシのところへ再度持って行った。
「お待たせ致しました。お返しでございます」
 アスカは小銭の乗ったカルトンをヒサシの前に置いた。「ありがとう」とヒサシは言い、振り向くことなく、店を後にした。
 ヒサシと女の後ろ姿を見送りながら、アスカはもやもやとした気持ちだけが心の中で渦巻くのを感じていた。

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